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恋の悩み相談は、次の恋人を見つけるための一番よい方法のようだ。
魔性と呼ばれる、というほどでなくても、悩んでいると思ったら、いつの間にか、新しい恋人と出歩いている所に出くわして、周囲を驚かせるタイプの女は、本当によく相談をする。もちろん、女友だちにも相談するが、男友だちにも絶対に声をかける。

―――彼って、実はこういう人だったんだけど、どうかなぁ。

などなど、文面は何でもよい。
このとき一番大事なのは、まず電話ではなく、メールをするということ。メールが届き、その返事を待つという微妙な時間が、お互いの心に小さな化学変化をもたらすのだ。そして必ず、「今度、元気出してごはん食べにでも行こうよ。俺、おごるからさ」ということになる。あとは想像どおりの展開だ。

この手の出会いと別れを繰り返している女は、いつでも恋をしているから、回りに薄いピンク色のベールでもまとったような雰囲気を漂わせている。しかし、彼女らはいつまでたっても「○○さん」ではなく、「○○ちゃん」と呼ばれる手合いの女である…。恋愛の可能性を、最後の最後まで追求する女と、「○○ちゃん」とでは、どちらがよりよいのか、ということは正直私にはわからない。、煮詰めすぎて、別れのチャンスを失っているカップルも、周りにはちょくちょく見うけられるからだ。

私自身も、昔悩んだ時、知らず知らずに男友だちにメールしていたことがある。

不思議なことに(というか、無意識的とはいえないくらいに)、メールを送ったのは、親しい女友だち以外には、そんなに親しくはなくても「なかなか良いなぁ」と思った男にだけだった。

これは本能的な「罠」だと言ってもよい。

何回か、メールの送信と返信を繰り返し続けるうちに、最初は客観を装っていた男たちのアドバイスに微妙な色あいの変化が起きてきた。

それでも結局、実際に会ってその話しをしたのは、一人だけだった。
この人に私は「罠」をしかけようとしていたことになる。
でも、そのときの感情をはっきりと覚えているが、それは打算などではなく、むしろ、とても切実で、純粋とさえ言える想いだった。

彼、Oさんに会いたい、と私はほとんど祈るように願ってメールした。
平日の昼間だったのに、彼の携帯からはすぐに返事がきた。Tホテルのラウンジならすぐ行けるから、とメールにはあった。

私は黒い服を着て、地下鉄に乗った。

今度、こういう時にこういう人と出かけるんだけど、いいお店ないかしら?と聞けば、いつでも予算の割りには、満足できるお店を教えてくれるし、仕事上の相談にも「その分野はオレの専門じゃないんで、よくわからないんだけど」と必ず前置きしてからのってくれる、10ほど年上のオトナの男だった。オリンピックにも出たサッカー選手みたいな顔をしていて、頑固なのと、身長がすこし低いのだけが、欠点といえば欠点だった。

「やぁ、お待たせ」と言って、私のテーブルに彼が来た。
少し緊張したような面持ち。見たことがない表情だった。そして、彼の口からは、「彼氏さんを許してあげなよ」という意外な言葉が出た。私はOさんのまっすぐな視線を、見つめ返した。彼はすこし渋い表情をして続けた。
「オレも30になった時、そういう気持ちになったから」

私は思わず、深く頷いた。ほかの男たちからは絶対に聴くことのない答えだったから、驚いたと同時に、この人は私のことを本当に理解してくれているとも思ってもいたである。

あの時、あの状況なら「君が大変なのは分かるよ」された上で、「オレなら…」と口説かれても仕方なかった。Oさんはプレイボーイというタイプではないが、彼に会うたび、いつも、軽く口説かれ続けていたこともあった。むしろ、私もそれを望んでいたのかもしれない。それにOさんが恋人と別れたとき、私は真っ先に相談相手に選ばれもしていたのだし…。

しかし、彼は私の「罠」にははまらなかった。そして私はそれに満足した。
女の「罠」は幾重にも張り巡らされている。口説かれるのと、今の恋人に向かって背中を押してくれるのを両方、同じレベルで願っている。勝手なものだと言われてもしょうがない。そうやって、私は彼という人間の深さを測っていた。

彼は私の気持ちを見越した上で、私の背中を押してくれた。
彼からアドバイスを受けるたびに、私の中で暖かい気持ちが育っていった。それは何ものにも変えがたい信頼感だった。ここぞとばかりに口説かれていたら、たぶん、私は彼を受け止めると同時に、彼に対して冷ややかな感情を持つことは、避けられなかっただろう。

ホテルのラウンジに向かうときも、本当は、恋人のきもちは、Oさんにしか分からないと思っていた。彼らは男としては、全く逆のタイプだったけど、Oさんの助けを借りて、どうしても私は彼を助けたいとも思っていた。本能的にそう願っていたのだ。

そんな私の不純な気持ちに気づいていたから、たぶん、Oさんは、はじめて私が腹を見せて、彼の前に横たわった時に、背を向けた。それは彼いっぱしのプライドだったと思う。弱っている人間に手をだしてもフェアじゃない。彼の声を聞きながら、彼が決して言うことのなかった言葉の響きを、私はずっと耳にしていた。

どんなチャンスでも使うという生き方を、彼はいつだってすることがなかった。

その後も、彼は私のことを回りの誰にも言わなかった。私にさえ、あの日のことは、決して蒸し返さない。今では、恋人といさかいがあったことさえ、悪い夢が覚めたように自分たちの日常からは消えてなくなった。Oさんには、ただ感謝している。

それ以来、Oさんと私は、男であること、女であることや年齢を超えて、私たちは親友と呼べるくらいの仲になった(と思う)。彼が会社を変えてからは、妙に忙しいようで、めったにメールも電話もしない。けれど、Oさんの名前がヘッダについたメールが来ると、私は一番最初にそれを開くため、いそいそとマウスを動かす。

「罠」にはめられたのは、私のほうだろうか。
ちなみに、私は彼に「○○ちゃん」と、まだ呼ばれ続けているが。
by himawari-salad | 2004-10-11 21:36 | himawari-20
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