ジュエリー。


「Gioia」それはジュエリー、そして喜び。
しあわせの記憶は増えていく。

キリスト教のお祭り・ナターレ(クリスマス)は1年で最も重要な祝日。
ファミリーを大切にするイタリア人のお話をしましょう。
キリスト教徒のクリスマスは家族で過ごします。
両親の家に集まり、聖なる夜を家族で過ごします。
その時に欠かせないのがドライフルーツをたっぷり入れたパネトーネと呼ばれるパン菓子と家族それぞれへ心を込めて用意したプレゼント。

その王道はジュエリーです。

イタリア人は夫婦や恋人同士に限らず、
親子や祖父母と孫の関係でもビジネスの相手でも頻繁にジュエリーをプレゼントしあいます。

クリスマスにはもちろんのこと、
例えば、女性が第一子を出産すると、家族や友人が母になったお祝いとして彼女にペンダントなどを、赤ちゃんには誕生祝いとして男の子でも女の子でも、ブレスレットなどを贈ります。

子どもの成長過程には、日本の七五三のような儀式があって、その贈り物もみんなジュエリー。
国民性なのか、歴史なのか習慣なのか慣習なのか。
幼い頃からジュエリーに親しんで育つイタリア人、
装い方や審美眼はもちろん、贈り贈られるときの知恵や情熱、美意識にも並々ならぬこだわりがあります。




贈り上手になる秘訣は?ってよく訊かれますが、
なんにもないんです、ホントの話。
日頃から相手に関心を持ち、理解を深めておくこと。
贈る相手の誕生日や好きな色、可愛がっているペット、趣味などよいヒントはいろいろなところに潜んでいるもの。
特に稀少性の高い宝石や、フルオーダーでない店頭商品でも早めに手配すればイニシャルやメッセージを刻印してもらえば世界にひとつのジュエリーになります。
そんな丁寧な心遣いこそ、贈り物の本当の真価なのかもしれません。
私の場合は思いつきや衝動、もしくは似合うなと思った瞬間に購入しているわけですから、贈り物というよりは押し付けなの。
それを周りの人間は勘違いしてくださるらしく、
当の本人は御迷惑なんだろうな、と、いつも思います。

女性が足を止めて見入ってるジュエリーがあると、
連れの男性は女性に気づかれないようにそっと店員に囁きます。
「あれ、取っておいてね。」とウィンクします。
贈られた女性はとびきりの笑顔でよろこびや感謝を、男性は”やった!”と思うような機会はなかなかないですよね。
贈り上手な人は贈られ上手。
「あなたのよろこぶ顔が見たい。」こんなキャッチフレーズのテレビCMにノドの奥が熱くなります。






「頑張った自分へのご褒美」なんて桃井がね〜、いうのよ〜。

経済的に自立した女性の多くはこの経験をお持ちでしょうが、
頑張った自分へのご褒美を自分にプレゼントする。
「ジュエリーは自分で買うものじゃない」と祖母のことばを忠実に守っている腰掛けOLの金属アレルギー持ちの私にはよく解らない理屈ですが、奨励はします。
ジュエリーは人に勇気と自信を与えてくれます。
ストーンヒーリングなんてことばもチラホラ聞こえますが、
アンタ、女のジュエリーは武器よ武器!(笑)
着飾る女が家ん中で家事なんてしようモンなら食器に傷付けるかグラス割るか、
お洗濯なんてしようモンなら洗剤が付くし、衣服に引っ掛かるし。

パウダールームの自己暗示、金曜の夜は決戦、どっからでも掛かってこんかいっ!って、
仕事や子育てに頑張る女性にはとても必要なのかもしれません。

働く女性にはルビーをお勧めします。
ルビーは女性の守り神になる石で、付けると元気が出ます。
良い出逢いや、良い出来事を招くんです。
気後れしそうな場面でも相手に呑まれ難い。
衝撃や、摩擦にも強く、少々ぶつけたって傷つかないから忙しい女性が毎日身につけるにもピッタリです。



日本の女性は重ねてジュエリーを扱うのが下手ですよね。
オトコなんてもっと下手。アバクロのチョーカーとかクロムハーツを付けていればカッコイイなんて思っている。


もっともっとレイヤード。
重ね付けを楽しんでみてはいいのではないんでしょうか。
ありったけの身上、略して「アリ身」でもいいんです。
難しく考えず、まずはお手持ちのリングやブレスレッド、ネックレスを重ねてみる。
地金の色を統一する必要はありません。
特にクリスマスのこの時季の華やかな装いには、イエローゴールドにホワイトゴールドやシルバーを組み合わせるコンビネーション使いがピッタリ。
例えばウォッチがシルバーメタルでもその近くにイエローゴールドのブレスレッドを1本プラスすれば、イエローゴールドのリングにすんなり美しく調和します。
ジュエリー同士の相性も付けていくうちにわかって来るものです。

ブランドやプライスよりも装い方にこだわるのが、本当のおしゃれ。
チャレンジ精神を発揮すれば真似やお約束通りではない、自分らしいスタイルを見つけましょう。洋服とジュエリーを敢えて違うテイストで合わせてみたり、
クラッシクなデザインをカジュアルに楽しんでみたり。

みんなが持っている流行のアイテムも付け方やアレンジを変えれば自分流の装いが出来上がるものです。

誕生石を身につけるのはお守り代わり。なんてこともよく耳にします。
もちろん、誕生石のひとつぐらいは持ちたいですね。
って言うよりも贈られたいですよね。
石はそれぞれにオーラを出していますし、
こちら側の選ぶ審美眼もあります。
その石を手に入れるということ、その石の力も同時に自分の力になるということ。
パワーストーンにもカラーセラピーにも話しは繋がるのでこの辺は割愛しますが、
ホープダイヤは有名ですね。
「天空の城ラピュタ」のポムじいさんが言うじゃないの。
「力のある石は人を幸せにもするが、不幸を招くこともよぉーくあることなんじゃ。」とシータに警告します。物語の中で、幸と不幸は石により誰にどのように導かれたと思いますか?







女がね、ジュエリーを通して見るものは、それを身に付けている自分の姿じゃないのよ。
自分をいちばん見てほしい人の視線。
「あの人はどう見るだろう」
「あの人はどう思うだろう」
鏡の前で自分の姿を通り越してその向こうにいるあなたのことを考える。

大きな愛をもらえば、大きな責任が生ずる。
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# by himawari-salad | 2004-12-01 23:06

恋の音色

男の残していったままのCDを夜更けに聞いていると、やるせなくなってくる。うったえかけるバラードは火鉢の中でまだ赤さを残してる墨。アップテンポの曲は、なにやら、空回りに聞こえて、まさにあの恋の燃え残り、という感覚にとらわれる。

これまでは、全部、私から好きだといった恋ばかりだった。
そして、ほとんどすべての恋は、私の口から終りにしてしまった。
それを今でも後悔しているわけではないけれど、毎回、最後はちょっと頑張りすぎる。自分で始めたことに対する妙な責任感みたいなものだろうか。
だから、うちにある借りたまま返せなかったCDは、なんとなく彼の置手紙や、付き合ってるときにも、別れ際にも言えなかったメッセージに聞こえて、切ない。 あの時にくらべて、私っていい女になれてるのかしら、と考え込んでしまうのだ。

けれど、片思いで終わった恋のCDは、当時はさんざん迷っていた日々を、むしろ新鮮に思い出させてくれるから好きだ。中でも、けっきょく片思いにさえならず、自分の中で友情にすりかわっていった好意が残したCDは、好きかもしれないと気づいたときの、あの爽やかな気持ちを、いちばんよく思い出させてくれる。いくつ、とはいえないけれど、確実に成長につれて、目減りしていく、あの気持ちだ。

そうした言葉にならない気持ちは、無理やり言葉にして残すより、CDで残したほうがいい。そう気づいてから、どんなときも、何か言葉以外で残しておきたいことのためにCDを買う習慣がついた。そのうち、いやなことでさえ、その角が記憶の波に洗われて取れて、残るのは純粋に音楽と記憶だけになる。

もし、そのCDをなくしてしまっても、メロディと記憶は、脳にわりかしハッキリ刻み込まれているものだ。彼女もちのくせに、私にとやかくCDをプレゼントしたがる男がいた。彼はジャンルでいえばacid jazz が好きで、その中でもとくにミニマルな曲を愛していた。とりとめない音の反復は、音楽としての何かがある、というより、なにかしら映像みたいだった。

「空港のロビーで聞こえそうな音楽ね」というと、むしろ、男は喜んだ。

彼が、これのアナログ盤買ったから、などと言いながら、たいした感動もなしに、カバンから取り出すCDは、いずれも、なにげない言葉をなにげなく聞き、そして忘れるようなしろものだった。その中で一番印象に残ったのは、バッハの「無伴奏チェロ組曲」をサックスで吹いた、「展」が名前につく人のアルバムだ。
息をふきこんで、はじめて音がなる楽器の音がやけに官能的なことに驚き、赤面したことも、当時のあやうい私たちの友情も、彼の笑顔と八重歯も、みんな思い出す。

CDを思い出にするのをお勧めする理由は、もうひとつある。
徹底的な理由だ。CDなら、今の男にみつかっても、何一つ、ヒヤヒヤする必要もない。そしてなにより、過去をくっきりと記憶しすぎない。これも新しい恋を見つけるためのよい手段だと思う。恋の音色は、すぎさればまぼろしみたいに淡いのがよい。
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# by himawari-salad | 2004-10-29 04:03 | himawari-20

女ともだち

ふだん、一人で喫茶店やカフェの類に行くことは少ない。誰にもあえて言わないが、基本的に、人間嫌いだからかもしれない。それなのに昨日は昼すぎに起きて、A通りのちょうど裏地にある、とあるカフェにわざわざ電車にまで乗って出かけていた。

入り口ですれ違った背の高い女性が、私を見つめて、微笑んだ。

しばらくたってから、その人が出入りしている編集部で顔なじみの人ではなく、学生時代の女友達だったと気づいた。しかし、その時には、私の名前を呼びながら、ごっそり荷物を抱えてテーブルを移動してきた作家の知り合いがいたから、彼女のことを深く思い出せたのは、帰りの電車の中だった。

当時、私は生徒会長とつきあっていた。もちろん、大学の生徒会は、本当は何歳かわからない、かろうじて学籍だけを残した「学生」によって運営されていたから、彼が生徒会長だったのは大学に付属の高校だった。私は高校のときから、彼のことはなんとなく知っていた。当時は「高校生文化」に、にわかな注目があつまっていて、彼と生徒会の仲間たちは学校を代表する形で、なぜだか、SPA!に取り上げられたりしたのだった。

「遅れちゃうよ、はやく行こうぜ」
などと言う話しぶりがやけに似合った。コロンをつけているわけでもないのに、整髪料のせいか、村上春樹の描く男の子とたぶん同じニオイがした。良しにつけ、悪しきにつけ、中身も同じようだった。

彼女と彼氏と私とは大学1年の時、同じクラスだった。彼女は長崎から来たというのに、完全な標準語をしゃべった。あまりに完璧なイントネーションなので、サルバトール・ダリがものすごく克明に描いたフランスパンが、ありえないものに見えてくるのと同じ理由で、私たちの方が時々圧倒された。そして、変な大阪弁や栃木弁まがいのイントネーションになってしまうのだった。彼女のすぐれた言語感覚は、フランス語に対しても、とても秀でたものを見せていた。

はじめて大学からフランス語を勉強する生徒たちが圧倒的に多かったから、まずは、オリエンテーションということで、フランス人の若い男の教師は、われわれを教室の外に連れ出し、ただっぴろい大学構内を、あれはフランス語では何、これは何、と説明してまわった。春先の長雨があけた頃だった。桜の花びらがアスファルトにこびりついて、萎れていた。そこら辺に捨ててあるとも、おいてあるともつかない、透明なビニール傘が立てかけてあった。基本的にルーズな大学だった。

「傘って何ていうんだっけ?」と私はふいに彼女に尋ねた。彼女は即座に、「ぱらぷりゅい、よ」と完璧な発音で答えた。カヒミ・カリィが好きだといった彼女は薄い眉を、分厚い前髪で隠し、切れ長のすずしげな目元で、なんともなしに答えた。NHKのフランス語講座で覚えたといっていた。

ぱらぷりゅい。それはなんとも覚えにくい単語だった。高校からフランス語を学ばされて一番苦労したのは、頭の中にこびりついた英語の語感というか、音の感覚がまるでフランス語では違うことだ。文法はともかく、それになれるのが一番難しく、数年かかった。つづりは似ているものもあるが、発音はまるでちがう。オニオンは、わにょん。ポイントは、ぽわん。傘はぱらぷりゅい。

そのときから、彼女と私は友達になった。
とりあえず私がいちばんよく話すのは彼女で、彼女は私と生徒会長の間に座ることも多かった。

はじめて一緒にパリに行ったのは彼女である。飛行機がついた初日から、動き回った私は疲労困憊していたのに、彼女は郊外の3つ星ホテルのせまくるしいバスルームを長い時間占拠して、眉毛をカットしていた。そんなの、ほかでしてくれればいいじゃない、と私は思わず怒ったが、やがて、お互いの顔をはじめてスッピンで見るころには仲直りしていた。

早春のパリは、ほとんど東欧かと思うくらい野暮ったい重苦しい上着を着た人たちが、足早に通り過ぎる都会だった。素敵な人は、なかば観光地化したところでしか見られなかった。そんなモンテーニュ通りのプラダをひやかしていた時、ピンヒールの日本人が、店の前にあったメトロの通気孔に踵をめり込ませ、ものすごい音を立てて転んだ。店員全員が飛んででていって介抱した。「今だったら、盗んで逃げられるんじゃない?」と彼女が私の手のひらの財布を見ながら、悪い冗談を言った。私たちはまた笑った。

それから、ギュスターヴ・モローの邸宅を改造して作った個人美術館や、ヴェルサイユ宮殿をまわり、オルセー美術館の目の前に堂々と置かれた「アジア」という名前の、島田を結ったへんなブロンズ像を見て、声をたてて笑った。アメリカ人とおぼしき夫妻になにゆえか感動され、丁重な断りを入れられた上で「アジア」と一緒に写真を撮られた。

帰国後、私は横浜が実家の生徒会長に電話をした。彼はいつものことだが、愛想のよい声をだしながら、話の内容には愛想がなかった。私の話を礼儀正しく、ひととおり我慢強く聞いたあとで、○○ちゃん、元気にしてた?とたずねた。私には一言もそういうことは聞かなかった。問うたところで、君は元気だから電話するんだろう、といかにも不思議そうに聞き返されるのがおちだった。

彼とは基本的に合わなかった。
私は何かあるたびに、話し合おうとした。
しかし、彼はそのたびに、大きな目を丸くして、「君は自分のことを語りすぎだ。僕は恋人には自分のことなんか語らない」と言った。
―――友達には、自分のことを語るのだろうか。私はなんとなく、自分のことも他人のことも話ししようとしない、彼女のことを考えながら、最後は黙りこくった。

彼女と私は同じ学科に進み、男は違うところに行った。
わたしたちは相変わらず話をしていた。
しかし、生徒会長とは別れた。11時過ぎに045のナンバーを押して、何気なく出てきた彼に、さよならを告げたのは私だった。生徒会長は不意打ちにショックを受けたようだった。しかし、数日後、やっぱり、やり直そうと電話をしたのも私で、その時、生徒会長は「そんなこともう言うな」と困惑したような声で、しかし礼儀正しく応答した。「あなたはいつでも、優等生の生徒会長さんね」と言いたいのをこらえて、それじゃ、また明日、教室で。もう隣行かないから、とだけささやいた。彼女の声に似ている、と思った。

私が生徒会長と別れてからも、彼と彼女の仲は進展しなかった。なのに、私と彼女はいつからか、話さなくなった。最初、彼女の挨拶を気づかなかったからかもしれない。彼女と生徒会長もいっしょにいることはなくなっていた。
何がどうしてしまったのだろう?

話さないうちに、教室に入ってくる彼女を見つめられないほどに、壁ができあがっていた。
いつも一人でいるのが平気な彼女は、わたしがなりたいイメージの女でもあった。好きだというカヒミ・カリイみたいなメイク、髪、そして静かなしゃべり声。すぐに手がとどきそうなのに、もう彼女は違う世界に行ってしまっていた。卒業後の進路は何も知らない。就職活動などしていたか、どうかもわからない。

今思えば、立派に三角関係だったのかもしれない。いや、彼女は、私自身ではなく、生徒会長とつきあっている私が好きだったのかもしれない。

その夜遅く、一人きりで部屋の片隅に残していた、当時つけていた甘い花の香水を取り出した。「禁じられた花」という名前がフランス語でつけられた、その香水は従姉妹がパリに行ったときに、高校生の私に買ってきてくれたものだった。その頃は何もわからず、体温の低い耳たぶに、映画女優にでもなったつもりで毎日つけていた。すぐに蒸発してしまう甘い香り。昔のことを夢にでも見るかと思ったが、こういうところは10代だった頃と変わらない。本当は、夢など見ないことはその頃からわかっていた。

くもりがちなパリの春の夕暮れ、やっと顔を出し始めた太陽の光に浮き上がる、ポンヌフという橋の上でのことだった。彼女が開いたガイドブックが、急にほつれ、ばらばらと、強い川風にあおられて、白い鳩がいっせいに飛び立つようにページが切れ切れになっていった。私たちはしばらく空中をふわふわとオレンジ色に染められながら飛んで、深い群青色の川面につぎつぎと落ちていく紙を見ながら、「地図なくなっちゃったね」なんて言いながら、乾いた声で笑いあったものだった。

しかし、あの彼女は、ほんとうに私の友だちだった女だろうか。
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# by himawari-salad | 2004-10-25 18:04 | himawari-20

むらさき。

あまり着こなしに自信がない人には、
シンプルな定番服に色を使って今年らしさを表現することがおしゃれの近道といえるのかもしれない。

毎シーズン、流行色は目まぐるしく変わりますが、
この秋冬はなんといっても紫。
青みの強いフーシャーピンクからブルーベリーのような深い紫、
そして軽やかなラベンダーまで微妙なトーンの紫が出揃っている。

紫は、ロイヤルパープルとしても知られているようにとても高貴な色。
神秘的でもあり、セクシーな雰囲気も感じさせる、他にはない特別感がある。

その歴史は古く、ギリシャ・ローマ帝王の象徴的な色であったり、
クレオパトラがヒメサラレイシ貝の分泌液で染めた深い紫色のシルクをこよなく愛し、
独占し、ヒメサラレイシ貝を求めて地中海を転々としたといわれています。
この貝紫のシルクは、同じ量の黄金を敷き詰めなければ買えないほど高価なものだったとか。
絶滅したと思われていたヒメラレイシ貝が近年発見され2千年ぶりに貝紫のシルクが再現されましたが、クレオパトラを夢中にさせただけに大変美しいものということです。

中国は漢の時代からこの色は武帝はこの色を愛し他人が使うことを禁じたほど。
また日本でも平安時代にはあの、光源氏が最愛の人に「紫の上」と名付け、
官位の中でも最も位の高い者に与えた色。

江戸時代には「病床の殿様」「助六」の鉢巻きの色に使われるなど。
紫外線と滅菌との関わりも深いほど。
粋な色と珍重されたと言う。

今年の秋冬、スタイルとしてのトレンドはレディーライク。
クラシカルな雰囲気ゆえに一歩間違えると古くさく野暮ったく年が余計に量増しでコンザバに見えてしまうので細心の注意が必要ですね。

その関係をうまく表現しているのが「アンテプリマ」。
タートルネックのニットに光沢のあるプリーツスカートの組み合わせを紫のグラデーションでまとめ、モダンに表現してみせる。
さらにクリアなリボン付き細ベルトとクロコダイル調のバッグを斜めがけにして、
甘さと軽快感も絶妙です。
こんなふうに紫を巧みに使うことによって旬のレディーライクスタイルを一層モダンに楽しむことが出来るはず。
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# by himawari-salad | 2004-10-21 15:45

poison

http://himawaris.exblog.jp/
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# by himawari-salad | 2004-10-19 20:44 | イラスト

適齢期

声など聞こえなくても、別れ話をしているテーブルはすぐに分かる。けれど、まだ「異常」に気づいているのは私と、足音をひそめて歩いているボーイさんくらいかもしれない。こちらからは私と同じくらいの年代の女性しか見えない。遠目には髪もメイクも念入りに整えていた。念入りすぎるその身支度には、彼女の並々ならぬ意思が伺えた。

顔には笑顔さえ、ときどき浮かべながら、お相手らしい男性の提案に、すべて頭を横に振る。そのうちGジャンを着た、年若い彼は黙りこくってしまう。こげ茶の長めの前髪が表情を覆い隠してしまっている。

こじれるだろう別れ話に、ちょっとしたレストランを選べば、女よりずっと世間体を大事にする男が乱れることはない、という良く知れたお約束を実行しているらしい。

突然、ガタンと大きな音を立てて椅子が後ろに跳ね上がった。
男の子が立ち上がって、レストランから出て行ったのだ。

ちょっとした店では、そんなことがあっても、誰も顔色ひとつ変えない。
逆に視線をそらす。
ひとりきりになった彼女は、うつろな目で宙に泳がしているようだ。つとめて平然を装いながら、ほんとうは細かく震えているのだろうか。冷えたコーヒーをすすると、ゆっくり立ち上がった。たぶん、最後の最後まで、彼がお勘定を持ってレジに行くことはなかったのだろう。彼女の指がやけに手馴れた様子で白い紙をひっつかむ時、指輪が光った。
その時、不恰好なかたちの素の爪先が、網膜に焼き付いた。ふいに「この人、家ではママなのかな」と思った。

ずいぶん経って、デザートも詰め込んでから、さりげなく人間っていつオトナになるんだろう。いつオトナになれるんだろう。そう彼に聞いたら、「いずれにせよ君はまだ子供だな」って、ニコニコされた。そういう話をしてるんじゃないのに、といつもの癖で唇を尖らせながら、こういう所が子供なんだろうな、と思い返したら、「………ほんとに結婚していい年齢って、『適齢期』とは少し違うのかもしれないね」と思いがけない返答。やっぱり知ってたんだ。
「そうかもしれない」と返事しようとしたが、「すわ、いつもの作戦か」と思いなおして上目遣いに彼の顔を眺めるだけにした。また従兄弟から、国際郵便のハガキが来たなんて言わないんだから。

彼女には、結婚も、年下クンとの火遊びも適齢期じゃなかったんだろうな。
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# by himawari-salad | 2004-10-17 01:26 | himawari-20

地上39階のキス(1)


たとえ連れが待っていると分かっていても、ちょっとしたホテルのバーに一人で足を踏み入れるのは怖い。なんとなくだが、そこは男の城というイメージがある。

理屈ではないが、やっぱり私のような年齢の女はまだまだ躊躇するべき場所だと思う。
そっと足を踏み入れると、透明だがどこか湿り気を帯びている空気や、煙草の甘くて苦い匂いが、研磨剤のように感じられる。それにしても、以前より空いているのは、六本木や渋谷に新しいホテルができたからかもしれない。

オレンジ色の灯りがマホガニーの長いテーブルや、懐かしい彼の横顔をほのかに照らし出していた。
なんとなくむずかゆい…。でも微笑まなくてはならない。アップにしてみた後ろ髪をいじりながら、彼が引いた椅子に座る私。

だって、彼は、私がはじめてキスした相手だったのである。

不思議なことに、経験そのものがどうだったかよりも、ふたりで包まった赤いカーテンの分厚さを覚えている。

久しぶり、とか適当な会話をかわしながら、お互い、何を抱えてここに来たかを探り合う。

カシスオレンジのグラスも半分以上も空いたころには、「キレイになった」とか「ずっとあそこで仕事がんばってるんだってね」とか、話がお互いのプライヴェートな部分にも踏み込んでいく。深夜のバーの静けさがそうさせる。何年ぶりになるのだろうか。以前会ったのは、親族の結婚式だった。彼はまだ、髪の毛を真ん中で分けて、詰襟を着ていた。そのときは、お互い、なんだか気恥ずかしくて、今みたいな会話なんて何もできなかった。

私がはじめてキスした、というのは、また従兄弟とでも言うのだろうか。たぶん血はつながってはいないと思うが、親族だった。当時、おたがい小学生で、叔母さんと便宜上呼んでいた人の家で、なんともなしにキスしたのだった。ファーストキスの次のセカンドキスは、言うまでもないが、ずいぶん間があいたっけ。

それ以来、会うこともなかったが、それだけが、お互いに対する記憶だったらしい。詰襟を着た彼の唇は、ほんとうに子供だったときのように従順ではなくて、すねたように尖っていたが今夜は違う。白い歯がテレビで見る俳優のようにちらちらと見える、口と唇の形のきれいさには密かに、引かれた。

日本で、今人気の「ペ」何某の魅力を、私は口のきれいさだと思っている。かといって「ペ」何某には、あまり興味を覚えないが、彼のような熟しすぎた果物みたいなしまりのない甘さと、妙な逞しさをあわせ持つ男に、また従兄弟はなっていた。彼が勤めている支社は上海にある。

「中国の人は、今でもね、接待っていうと、かならずモノをもってくるんだ。それを受けとるとコッチじゃ、違法だろ? でもアッチじゃ、そういう慣習なんだよね。 変えようがない。だから何時もベロンベロンに酒飲まされてるのに、どうやってそのプレゼント断ろう、とか考えたり、すぐに一緒にいる人に同じ品物を手配してもらって、明日の朝すぐに彼らのオフィスに届けさせるとか、そういうことを自腹でやるんだよ」

へぇー、と私はつぶやいた。
なんとなく適材適所だ。

親族が会長をつとめていた、その大会社の最終面接で、しかも、何人ものライバルの目の前で、また従兄弟は「私は会長の甥です」と宣言した。重役ふくむ面接官はひっくり返りそうになった、と聞く。彼らは同じ苗字を持っている。持ってるコマは全部使うという、彼の武勇譚は、われわれの間で評判になった。その後、会長は勇退したし、もともと親族経営の会社でもなかったのだが、今でも、また従兄弟は社長室だか支社長室ばかりに勤務しているという。

突然、また従兄弟が話題を変えた。

「…おれ、結婚するかも」

「するかも」って何よ、ちょっと人生の大事に優柔不断すぎない? と軽く交わそうとしたが、私は正直、焦りを覚えた。
周りのキャリア組の女たちも、今を盛りと結婚しはじめている。男と女を比較はできないが、どうも、親族であるということは、したしみと同時にライバル心を燃やさせるらしい。こいつ、結婚するんだ。ジリジリ…と自分の心が焦げ付きはじめる。その中心にある本当の気もちは、まだ見えてはいなかったのだが。

また従兄弟は私のつっこみに対しては何もこたえず、かわりに、やけにシリアスな微笑みを浮かべた。さらには私の顔をチラリと舐めるように見つめた。彼が藤木直人に似ていることにも気づいた。

まさか、これだけ会うこともなかったのに、この男は帰りのあの夜景の見えるエレベーターで、ずっと好きだった、とか何とか言いだすのだろうか、いや、こいつが言うわけないよ、とか、私は密かに混乱しはじめた。

「ここに泊まってるの?」と話題を変えるつもりで、訊いてしまった時は、ほんとに自分は酔ってしまったんじゃないか、と後悔した。「うん」と言われたらどうするんだ、部屋につれてかれるぞ、また従兄弟は近親相姦じゃないんだから、とか頭の中を新幹線のニュースのテロップみたいに文字が流れていく…。

「いや。最近会社も厳しくって、神楽坂の小さいけど、ちょっと有名で使えるホテルあるでしょ、そこだよ」

従兄弟は、私の煩悶を素通りして、さりげなく交わした。なんだかあっけない。いや、実はこういうかわし方も危ない…。「男の武器に自信あり」だよ、多分こいつは。

「おばさんに言ったら、どう言うと思う?」
「えっ?」 
「俺の結婚」
「あぁ、お見合いだったら、どうもこうも。うちの母が駄目とかいう義理なんじゃない?」
「なに言ってるんだよ、恋愛、恋愛」

かはっ、と空笑いして、また従兄弟は否定した。

「…君はどう思う?」
「んー、あなたがしたいって思えるくらいの人ってことは、いいんじゃないの? よーっ
ぽど素敵な人なんでしょ」

私はなんとなく意地悪なきぶんになって、しゃべり続ける。
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# by himawari-salad | 2004-10-13 02:51 | himawari-20

地上39階のキス(2)


目の前にうるわしく成長して現れた親族のひとりを手放すのは、なんとなくもったいなく思い始めていた。繰り返すが、私の同世代の女たちの間には、大学出てすぐに続く、第二次結婚ブームが巻き起こっている。人生は勝ち負けじゃないし、人さまと比べちゃだめなのよ、とはやる私を、人生の先輩たる担当編集さんはいつだって、たしなめてくれる。しかし、彼女とて、いまだ花の独身。ごめんなさい、先輩、私、やっぱりそういうの気にかかっちゃいます。仲間うちで最後にはなりたくないんです。

目の前の相手は結婚願望が明確な、しかも、それなりのキャリアを持つ男。

……悪くないよな……香港ならぬ上海マダムも。

でも、次の「波」はまともに受けないようにしなきゃ、軽く思われちゃう、と純情に打算が、ちょっと色濃くまじりはじめた私にかけられたのは、「じゃ、そろそろ帰ろうか」のそっけない言葉。

「タクシーで途中まで一緒だし。送ってくよ」

けれど、エレベーターの中で、ふいに「やっぱ気になっちゃった?」と聞かれ、うなずく間もないうちに、キスされていた。


ホテルのロビーをおたがい無言で抜けた後は、ビル風で言葉はうまく聞こえなかった。

「やっぱ気になるよね………でも変わってない」

彼はいたずらっぽく笑いながら、私がついてきているのを確かめて、早足で歩いていく。深夜の道路の真ん中に立つと、すぐにタクシーを手馴れた様子で止めた。

車内に入った時には、おたがい、親族の顔に戻っていた。

「また、会おうよ」
「今度会うときは、そのお嫁さんといっしょね」
「はいはい。ほんっとに変わらないね」

やっぱり、どこかで血はつながってなくても、同じ人間なんだなぁ、という感覚があった。
彼は変わったのだろうか。変わってないのだろうか。
前を覚えていないからなんともいえない。比較にならない。今度はおとなのキスだったからかもしれない。

奇妙にやさしくて、あたたかくて、ちょっと退廃的な気分になった。親族って不思議だ。
お勧めします。
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# by himawari-salad | 2004-10-13 02:48 | himawari-20


恋の悩み相談は、次の恋人を見つけるための一番よい方法のようだ。
魔性と呼ばれる、というほどでなくても、悩んでいると思ったら、いつの間にか、新しい恋人と出歩いている所に出くわして、周囲を驚かせるタイプの女は、本当によく相談をする。もちろん、女友だちにも相談するが、男友だちにも絶対に声をかける。

―――彼って、実はこういう人だったんだけど、どうかなぁ。

などなど、文面は何でもよい。
このとき一番大事なのは、まず電話ではなく、メールをするということ。メールが届き、その返事を待つという微妙な時間が、お互いの心に小さな化学変化をもたらすのだ。そして必ず、「今度、元気出してごはん食べにでも行こうよ。俺、おごるからさ」ということになる。あとは想像どおりの展開だ。

この手の出会いと別れを繰り返している女は、いつでも恋をしているから、回りに薄いピンク色のベールでもまとったような雰囲気を漂わせている。しかし、彼女らはいつまでたっても「○○さん」ではなく、「○○ちゃん」と呼ばれる手合いの女である…。恋愛の可能性を、最後の最後まで追求する女と、「○○ちゃん」とでは、どちらがよりよいのか、ということは正直私にはわからない。、煮詰めすぎて、別れのチャンスを失っているカップルも、周りにはちょくちょく見うけられるからだ。

私自身も、昔悩んだ時、知らず知らずに男友だちにメールしていたことがある。

不思議なことに(というか、無意識的とはいえないくらいに)、メールを送ったのは、親しい女友だち以外には、そんなに親しくはなくても「なかなか良いなぁ」と思った男にだけだった。

これは本能的な「罠」だと言ってもよい。

何回か、メールの送信と返信を繰り返し続けるうちに、最初は客観を装っていた男たちのアドバイスに微妙な色あいの変化が起きてきた。

それでも結局、実際に会ってその話しをしたのは、一人だけだった。
この人に私は「罠」をしかけようとしていたことになる。
でも、そのときの感情をはっきりと覚えているが、それは打算などではなく、むしろ、とても切実で、純粋とさえ言える想いだった。

彼、Oさんに会いたい、と私はほとんど祈るように願ってメールした。
平日の昼間だったのに、彼の携帯からはすぐに返事がきた。Tホテルのラウンジならすぐ行けるから、とメールにはあった。

私は黒い服を着て、地下鉄に乗った。

今度、こういう時にこういう人と出かけるんだけど、いいお店ないかしら?と聞けば、いつでも予算の割りには、満足できるお店を教えてくれるし、仕事上の相談にも「その分野はオレの専門じゃないんで、よくわからないんだけど」と必ず前置きしてからのってくれる、10ほど年上のオトナの男だった。オリンピックにも出たサッカー選手みたいな顔をしていて、頑固なのと、身長がすこし低いのだけが、欠点といえば欠点だった。

「やぁ、お待たせ」と言って、私のテーブルに彼が来た。
少し緊張したような面持ち。見たことがない表情だった。そして、彼の口からは、「彼氏さんを許してあげなよ」という意外な言葉が出た。私はOさんのまっすぐな視線を、見つめ返した。彼はすこし渋い表情をして続けた。
「オレも30になった時、そういう気持ちになったから」

私は思わず、深く頷いた。ほかの男たちからは絶対に聴くことのない答えだったから、驚いたと同時に、この人は私のことを本当に理解してくれているとも思ってもいたである。

あの時、あの状況なら「君が大変なのは分かるよ」された上で、「オレなら…」と口説かれても仕方なかった。Oさんはプレイボーイというタイプではないが、彼に会うたび、いつも、軽く口説かれ続けていたこともあった。むしろ、私もそれを望んでいたのかもしれない。それにOさんが恋人と別れたとき、私は真っ先に相談相手に選ばれもしていたのだし…。

しかし、彼は私の「罠」にははまらなかった。そして私はそれに満足した。
女の「罠」は幾重にも張り巡らされている。口説かれるのと、今の恋人に向かって背中を押してくれるのを両方、同じレベルで願っている。勝手なものだと言われてもしょうがない。そうやって、私は彼という人間の深さを測っていた。

彼は私の気持ちを見越した上で、私の背中を押してくれた。
彼からアドバイスを受けるたびに、私の中で暖かい気持ちが育っていった。それは何ものにも変えがたい信頼感だった。ここぞとばかりに口説かれていたら、たぶん、私は彼を受け止めると同時に、彼に対して冷ややかな感情を持つことは、避けられなかっただろう。

ホテルのラウンジに向かうときも、本当は、恋人のきもちは、Oさんにしか分からないと思っていた。彼らは男としては、全く逆のタイプだったけど、Oさんの助けを借りて、どうしても私は彼を助けたいとも思っていた。本能的にそう願っていたのだ。

そんな私の不純な気持ちに気づいていたから、たぶん、Oさんは、はじめて私が腹を見せて、彼の前に横たわった時に、背を向けた。それは彼いっぱしのプライドだったと思う。弱っている人間に手をだしてもフェアじゃない。彼の声を聞きながら、彼が決して言うことのなかった言葉の響きを、私はずっと耳にしていた。

どんなチャンスでも使うという生き方を、彼はいつだってすることがなかった。

その後も、彼は私のことを回りの誰にも言わなかった。私にさえ、あの日のことは、決して蒸し返さない。今では、恋人といさかいがあったことさえ、悪い夢が覚めたように自分たちの日常からは消えてなくなった。Oさんには、ただ感謝している。

それ以来、Oさんと私は、男であること、女であることや年齢を超えて、私たちは親友と呼べるくらいの仲になった(と思う)。彼が会社を変えてからは、妙に忙しいようで、めったにメールも電話もしない。けれど、Oさんの名前がヘッダについたメールが来ると、私は一番最初にそれを開くため、いそいそとマウスを動かす。

「罠」にはめられたのは、私のほうだろうか。
ちなみに、私は彼に「○○ちゃん」と、まだ呼ばれ続けているが。
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# by himawari-salad | 2004-10-11 21:36 | himawari-20

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# by himawari-salad | 2004-10-05 22:35 | イラスト

スパゲティの恋人

食事に行けば、寝るよりも、ずっといろいろ相手のことがわかるものだ。
寝る前に食事に行く、というのをただの「儀式」だと思っていると痛い目にあう。

たとえば、フォークとナイフだけで、ピザを全部、几帳面に食べる相手は、私にはこの上なく下品に思える。ぜったいコレという正解などは、実質的には存在しないから、OKかNGかの判断は、全部あなたのきわめて主観的な問題になる。ただし、直感を忘れようとしてもだめ。そういう時感じた、かすかな違和感は、これから先にもっと具体的な形になって現れてくるものだから。

持論でいえば、なによりも資質が問われるのはパスタ、それもいわゆるスパゲティ、である。店の選び方はもちろんだが、ともかく、スパゲティを食べさせれば、恋人としてのキャパシティはだいたいわかる。車で男を選ぶ、という女はたくさんいたが、このご時世、私はスパゲティで選ぶ。車なんかでは何もわからない。

大学の時、とても美しいものの食べ方をする人に出会った。
とりたてて美味いとはいえないスパゲティでも、彼といっしょなら、特別なものに思えた。というのも、Yさんの操るフォークのすばやさと動きの正確さは、ほかの何にも喩えることができないからだ。私以上にパスタが、Yさんのフォーク使いに恋しているのだろう。あっという間にすべてが、彼のフォークに抱きとめられて消えていく。しかも、食べられるものが無くなった皿は、まるでコンテンポラリーの絵画を見ているようだったのである。

Yさんは大学の先輩で、ゲイだったが、彼がスパゲティを食べるしぐさに、私はひそかに恋していた。イタリアの古い音楽を研究していた彼は、今、念願の土地に「戻って」いったが今でも好きだ、と思う。一度も寝たことはないけれど。
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# by himawari-salad | 2004-10-05 22:04 | himawari-20

せつなさがたりない。


よこしまに生まれた欲望は、よこしまに消費するのが正しい。
ただし、時にはオトメのように、感謝と感動に満ちたラブ&セックスしてみたい、と思う。

たとえば、純な年下に、「あなたは、そ・そんなコトしなくて良いんです」って照れられたり、感動されたり。そういうことがしてみたい。胸の奥底から温かくなるような。

笑顔がかわいかったり、オトナになることを真剣に考えてたり、顔やスタイルのよさにかかわらず擦れてなくて、本気で相手に対して、怒ったり、泣いたり、でも最後は必ず笑ったりできる、そんな関係。顔の感じより腕の毛が濃かったことに気づいたり、ひげが口周りにチョボチョボ生えてくる明け方までいっしょにいたり、見えなくなるまで手を振られたり、急に真剣な顔されたり。

(以上、妄想の中で、妻夫木+αな年下君、大活躍)

……時にはそういうことを考える。が、しかし、実際にそういうことをされそうな素振りをされると、絶対にメールの返信はしない。またね、の続きはない。

結局のところ、年下は恋愛対象ではない。
好きでもない相手に熱をあげられるのは、しょうじき、困る。うっとおしいと言い切れないから困る。困るというより、本当は哀しい。好きだと好意の違いは微妙だけれど徹底的なものだ。けれど、こちらに少しでも相手に対する好意があれば、絶対に、あいまいな態度だけはとってはいけないと思う。
かくして自分の人生には、せつなさがたりない。深入りなんかしない。自分は幸せだからだ。
でも、いつかも差し伸べられる腕の数もたりなくなって、幸せも無くなるだろう。けれど、その時はせつなさを感じる青さも、消えてなくなっているのだろう。

だから私はいつまでも乾いたままなのかもしれない。
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# by himawari-salad | 2004-10-04 05:10 | himawari-20

TPO。

先日、プロトコールについてお話し致しましたけれど、
やっぱりいるんですよ、アホなお人。

プロトコール持ち出さなくても「常識」範囲内なんですがね。




先日のランチバイキング中に、部屋着の浴衣でホテル内のレストランに入ってくる小娘とその家族。

「ホテル」は「旅館」じゃないっつーの!!


浴衣のご入場を拒否されて、ご機嫌斜めの娘に親が悪態を着き出すんですよ。

「宿泊客なんだぞ!部屋に浴衣が置いてあったんだぞ!それを着て来て何が悪い。」

ご大層な言い草で。


バーカバーカ。

お客にシドロモドロ、ペドロ・アドモドバルになっているスタッフ。
そりゃ言えねーだろ、著しくモラルが低すぎて。

お部屋設えの浴衣着たいんなら旅館へ行け。そもそも。
部屋着としての機能のみなんですってばっ!ホテルでは。

悪態が佳境(?)を過ぎた頃に、言って差しあげました。
我慢できずに出しゃばってしまいました。
私が言わないで誰が言おうか?!

 あのー、出過ぎたことはわかってるんですけどー、ちょっといいですかー?

まーるでピンポンパンのお姉さんみたいな自分。

割って入る。

 失礼は重々承知で申し上げますけれど、
 娘さん、そんな格好でホテル内を出歩いているとココが売春宿と間違われるんですよー。

 ちゃんと言ってあげなさいよ、スタッフの人!

 イイですかー、よぉく訊いてちょうだいね、
 世の中には「プロトコール」って言うものがあってですね、
 外務省の儀典官室のご指導もありますが、「国際儀礼」って言うものなんです。
 外国へ行った時にマナー等、ところ変われば文化も習慣も違う、
 共通のマナーを守りましょうってことなんですよ!
 外国の人が日本へ来ててもそれは同じなんですよ。

 さっきから外国の方々が娘さんをジロジロ見ているの気がつきませんできたか?

 あなた方が心地よく過ごそうとしているこのホテルには、
 他のお客さんもいるわけですよ、
 そのお客さんも気持ちよくホテルでの生活を楽しみたいんですよ。
 公の場では部屋着で出歩くなんてことしないんですよ。
 浴衣の下にTシャツ着てるんならまだしも、
 見てくださいと言わんばかりの胸元。
 

そこまで言ってやっとわかったのか母親は顔を赤くする。
でも、さらに畳み掛けます、私。

 それを部屋着の浴衣で出歩かれて、
 街中を透け透けランジェリーやパンティ一枚下着で迂路付いていることとと変わりないんですよ!
 この際、ムームーでもネグリジェでもいいんですけどね、

 お母さん、街中で下着で出歩いている娘を見たらどう思いますか!
 お父さん!街中を下着で出歩いている娘を見たらどう思いますか!
 眉顰めますか?鼻の下延ばしますか?

 さっきから外国のお客様は娘さんをそういう目で見ているんですよ。
 売春婦と間違われて後を付けられたり、トラブルの原因になるんですよ。
 
 親御さんご一緒なのに、娘さんどう見ても20才過ぎていますよね、
 親の躾を問われますよ。
 恥ずかしいのは今、浴衣を着ている娘さんより親御さんの方が恥ずかしいんですって!

 お分かり?


娘に袖引っ張られて何か言いたげなお父様。
お母様だけ「恥」をご存知でした。

「着替えてらっしゃい!」

母親の大声がロビーに谺したのでした。

さすがにそこにいた一同面食らいましたけど、
母親が正しい。






先日、プロトコールについてお話し致しましたけれど、
やっぱりいるんですよ、アホなお人。

プロトコール持ち出さなくても「常識」範囲内なんですがね。

スト系だかなんだか知らねーが室内で、しかも食事の場で「帽子」を取らないお人もしかり。

挨拶出来ない人もしかり。

サンダルとミュールの区別もつかないお人もしかり。

スリッパなんてもっての他。

オペラやバレエにジーンズ姿のカップルを見たことがある。
バカップル。

元々はカウボーイの働き着、野良着。
ジーンズで粋におしゃれが発揮できるのは今は少ないディスコか、クラブぐらいなもの。
ジーンズをおしゃれに見せるのには長くスラリとした脚が必用なのだ。
お尻にパンティの線が出ているなんて気づかない方がどうかしてるわ。

ジーンズ以外にお金が掛かっていなければダメなのだ。
手入れの行き届いた肌、念入りでセンスのいいメイクアップ。
手首にさり気なく光るブレスか時計。
本物の真珠のチョーカー。
ヒールはモード・フリゾン。

正装のし過ぎは恥ずかしい。
周りを不快にさせるほどの服装の薄汚さはもっともっと恥ずかしい。


見たり、見られているという事。
これがあると、日本人はもっとおしゃれできれいになれるのに。









TPOと言う言葉がある。
場所に応じた服装という意味である。





出直しといで。
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# by himawari-salad | 2004-09-29 19:07 | himawari-30

赤の残骸

薄暗いホテルの部屋の鏡で見ても、真っ赤な唇は不釣合いだった。私の顔のまるで中心にあるようで、自分の意思を持った生き物のようにさえ見えた。大人びているとは言われていたが、それでも、私の顔にはまだ、ふっくらとした幼さが残っていたし、なぜ、こんな時に母の化粧台から盗んだ赤い紅をつけて出かけようと思ったのか、自分でも分からなかった。

男は一筋の乱れもないカバーのかかった広いベッドに腰かけ、仕事道具の楽譜のページ端を、まるで畳に「の」の字を書く女のように弄んでいた。

とつぜん、私の毒毒しい唇から、恐ろしい言葉が2,3漏れて、右手はテーブルの上においた茶封筒を盗むようにかすめとった。左手に男が買った黒いバッグをひっつかむと、待ってくれぇという情けない声を背に、私はドアから出た。エレベーターホールまで走る。分厚い絨毯に私の足音は吸い込まれる。男は追ってこない。追ってくるはずなどないのだ。

――しかし、私には感傷にふける十分な時間など無かった。
ゆっくり開く金色の蒔絵が施されたエレベーターのドアの向こうに、知り合いの顔が見えたからだ。私は、とっさにシャネルのバッグを背中に隠した。後ろ手で持てば妙な厚みがあった。ちょっと使っただけで、金メッキされたボタンあたりが早くもあやしくなってくる、本当に愛人仕様のバッグだった。

彼と目があった。
エレベーターから降りてきた私を見つけて、あきらかに驚いている。真新しい紺のブレザーと、むすび目が不自然なネクタイをつけた彼は、家族で食事でもしにきたのか。口を少し開いたままで、私を凝視し続ける彼に近づくと、一瞬、息を吸い込んだ。そしてキスを、名前を思い出せない男の唇になすりつける。

「だまっててね」

田中君…だったはずの男は、呆けたように固まってしまう。本当は、今頃ホテルの部屋で泣いているだろう男にこびりつかせるはずだった紅のついた唇を、震える指で、ぎこちなく拭うと、私はホテルから飛び出した。

履きなれぬピンヒールは、たかだか小指ほどの長さの踵でも、むやみな高さに思える。
痛みに立ち止まれば、目の前にあったのは、ショーウィンドウの中の真っ白いウェディングドレスだった。ドレスの背後で、これ以上ないという幸せそうな顔で、写真の女が赤い唇を開けて笑っている。あの男に似合いの年の女だった。思わず息を呑んだ。

楽屋で、男の妻と呼ばれる女に会った時は、母と一緒だったから、安心していたのに。黒い服の地味なだけの女だった。彼女を見たとき、拍子抜けして、私は少し笑ってしまった。それはただの微笑みに見えるはずだったのに。
――写真の花嫁の口の中は真っ暗だった。白すぎる歯が牙のようにのぞいている。そして、私は、真っ赤な紅がはげた、ただの若いだけの女。

急に自分が汚くなったような気がして、口を手で覆い隠しながら歩いた。黒いバッグの中の茶封筒がありえない重さになって、私の右手の平をしめつける。
ほどいて肩にかけたままだった髪が、ばらばらとビル風になびく。なのに、涙は飛びちらず、ただ真っ直ぐ、私の頬を伝った。冷え切った頬を暖めてくれる唯一の温もりだった。

ここは東京で、若い女が泣きながら早足で歩いていても誰一人、気には留めないのだった。
そのとき、私は17歳になったばかりだった。世間では男のことをヘンタイと呼ぶのだろう。そして、私は男を道具扱いする、ただの女子高校生。
残骸の赤で彩られた唇から、言葉のかわりに息が漏れた。
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# by himawari-salad | 2004-09-26 19:54 | himawari-20

Sarracenia -2.5-

「…………」
 射ったのは、彼だった。
 痺れるような感覚は、彼が私の中で射精した感覚だったのだろうか。それとも、射った私が彼を締め付け、射精に導いたのだろうか。
 まだ、ドクドクと脈を打ちながら熱い塊を私の中に吐き出し続けている彼のペニスを締め付けながら、シーツの上で息を荒げ悶える彼の顎をじっと見つめていた。
 オナニーやセックスの後は、何時も空しい気分に襲われる。
 大人が性を隠そうと必死になっていた時代から、性にオープンになる現代との中間、1970年代初めに生まれた私達は──成熟した今ですら性に戯れると、思春期に植え付けられたトラウマに悩まされる。 
 何時になっても性=悪戯の方程式は解けない。
「──藤原さん」
 まだ呼吸が整っていないユウキ、粗い息に名を呼ばれ、私はハッとして跨っていた彼から腰を上げた。
 萎えてきた彼のモノが抜け落ち、ペニスの分だけ膣に空洞が出来る。
「藤原さん、俺……中でイッちゃったけど大丈夫かな?」
 元の形に小縮を始めた膣から、彼の放った液体がラビアを割り、腿に伝わり落ちてきた。
 私の体から離れた彼の口から漏れた言葉に、膣から溢れるザーメンが急激に温度を落とす。 冷房に触れた愛体は、只の冷たい液体に変わりはてる。
「妊娠とか……大丈夫です……か?」
 熱かった体と心が、彼の精液と共に急に冷めてゆく。
 液体でヌメった腿が気持ち悪い。
 興味のない女と寝ることは出来るが、射精した後は体に触れたくないと、TVで俳優が言っていたのを覚えている。
 誘ったのは私、強引に体を重ねたのも私。
 それでも……ユウキ、あなたは抵抗しなかった。
 気持ち良かったんでしょ? 
 それなのに、寝た女に対して『妊娠』なんて言葉を吐くのは失礼だと思わないの?
 寝たなら女が部屋を出るまで感じさせるべき。射精で終わりなんて、子供のおねしょと一緒。
 込上げてくる怒り、他の男だったら怒鳴りつけている。けど、彼に対して私は何も言えない、言える立場じゃない。
「ゴメン、藤原さん。俺へんなこと言った」
「いいよ、変じゃない。大丈夫だから安心して」
 女として、彼より年上の女として、虚勢を張り、誇りを守らなければいけなかった。
「そっか……」
 体を起しながら、安心したように溜息をつく彼。萎えたペニスからベッドに、自分の放った精液が落ちてゆくのに慌てている。
 思いやりの無くて考えなしな言葉や仕草に、私は深く傷つく。けれど、打ち沈んでいる心を見破られてはいけないと微笑みに本音を隠し、ベッドサイドに置かれていたティッシュボックスからペーパーを引き抜き、余裕のそぶりで手渡した。
 照れたように陰毛に付着した、遊戯の残骸を拭う彼にとって、私は特別な女じゃなく、31歳の年上の、アルバイトで一緒の、それだけの、ただの女。
 かつて、昔、若かった私に欲望を抱き、その手に抱こうとしていた男達と今の私は同じ。ギリシャ神話のゼウスが、無垢な乙女に欲情するように、私が彼に──欲情したのだ。
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# by himawari-salad | 2004-09-24 23:58 | himawari-40